2026年、今年も札幌は記録的な大雪に見舞われている。 1月の降雪記録を更新し、断続的に続く雪に追われる日々。けれど、どれだけ降っても、私の心のなかには超えられない「伝説の雪」がある。
1996年(平成8年)1月9日。 あの日、札幌で起きたことは、単なる「大雪」という言葉では片付けられない。
公式な記録を辿れば、2022年の大雪の方が24時間の降雪量は多いらしい。2022年は24時間で60cm積もった。けれど、記憶に刻まれている「密度」が全く違うのだ。2022年がじわじわと積み重なる雪だったなら、1996年はわずか12時間の間に、暴力的なまでの勢いで世界が塗りつぶされた感覚だった。
私の記憶では、12時間で48cm以上。 夕方から降り始まった雪は、朝になるともう車を完全に飲み込んでいた。風除室のない外開きのドアが雪で開けられなかった。
札幌のなかでも北区は、どうやら24時間で1メートルほど降ったという「伝説の日」。そのとき北区にいた私は、まともにその大打撃をくらった。車を掘り起こして道に出るまでに、朝から夕方までかかったのである。あの絶望感と、雪の重みは今も腕に残っている。
その短時間の爆発力は、街から「景色」を奪い去るのに十分すぎた。 昨日までそこにあったはずの車が消え、巨大な雪の塊となって輪郭を失っている。駐車場に沢山あった車が、白い平原になっていたのだ。自衛隊が災害派遣で出動し、静まり返った街を重機がゆく光景は、どこか現実味を欠いた異様なものだった。
しかし、その翌日の空を、私は今も忘れることができない。
前日の狂ったような降り方が嘘のように、空はどこまでも高く、突き抜けるような青だった。真っさらな新雪が太陽光を100%反射し、目が眩むほどの白。 街中の人が外に出て、黙々と、けれどどこか連帯感を持って「除雪三昧」に明け暮れたあの日。
油彩画家として、あの「白と青」の強烈なコントラスト、そして一瞬にして世界をリセットした雪の圧倒的な力は、今も私の感性の深いところに沈殿している。
2026年の今、また雪と対峙している。 1996年のような「一撃」ではないにせよ、繰り返される雪の波に疲れを感じる。まだ、現状降り続けるので、さらに記録的な大雪になる可能性もある。 けれど、あの伝説の日を知っているからこそ、この白い沈黙の先に、またあの眩しいほどの青空が来ることを、どこかで確信している自分もいる。
