人生はゲームであり、小説でもある

雑談

時間というのは、限られているもの。永遠のことではない。
小さな頃は、時間がいくらでもあると思っていたけれど、この頃は「自分にできることなんて、本当に限られているんだな」とつくづく考えるようになった。
油絵を描くことに集中しているうちに画家との出会いがあり、弟子入りすることになり、画家として生きていくことを決意した。2017年から個展で発表を始めてからは、自分の絵を楽しみにしてくれるお客様や、陰ながら応援してくれる方が少しずつ増えてきた。それは本当にありがたく、感謝しかないし、何より大きな活力になっている。
あの頃の感覚は、まさに「リアルなロールプレイングゲーム」だった。自分の意志で行動し、選択肢を選び、次のステージへ進んでいく感じ。
けれど、人生にはこちらの意思や計算なんて軽々と飛び越えていく、予想もしていない展開が次々とやってくる。
思いもよらない試練や日々のノイズ。
そうした渦中にいると、人生はゲームというよりも、どこか「小説を読んでいる」ような感覚にもなる。自分の意思とは関係なくページがめくられ、物語が勝手に進んでいくような感覚だ。
じゃあ、ゲームと小説は何が違うのだろう?
試練にぶつかった時、自らコマンドを選んで作戦を立て、攻略していくのが「ゲーム」としての主体性。
一方で、自分ではコントロールできない理不尽やドラマを、ただ一つのストーリーとして受け止め、味わうのが「小説」としての客観性。
たぶん、人生はその両方なのだと思う。
自分がコントローラーを握って必死に攻略しているプレイヤーでもあるし、同時に、次にどんな展開が待っているのかをハラハラしながら読んでいる読者でもある。
目の前の試練をゲームのように淡々とクリアし、レベルを上げていく面白さ。
そして、後から振り返った時に「なかなか濃密で面白い物語だったな」と思える小説のような深み。
どちらの視点も持ち合わせているからこそ、どんなにハードな毎日であっても、どこか冷ややかに、けれど深く楽しむことができる。すべてがネタになってしまうのだ。
ゲームも小説も、どっちも楽しんでしまえばいい。
今日もまた一つ、難関ステージをクリアして、物語の新しい1ページをめくった。
明日はどんな展開が待っているだろうか。

この記事を書いた人

札幌在住油彩画家。音楽鑑賞(ジャズ)、オーディオ、散歩、ドライブ、サイト運営が好き。

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